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NHK「医療限界社会」を歯科医師の視点で|先行して限界を超えてしまっていた歯科の例

今月のNHK特集は「医療限界社会」と称して、医科の世界でも診療報酬が下げられ、保険のままでは質の高い治療ができないという現実が語られる衝撃的な内容でした。医師を中心に反響を呼んでいるようです。
「診療報酬が安すぎて赤字」
「保険では最低限しかできない」
「だから、美容や自由診療にシフトが起こっている」
——こうした声は、いま医師たちが直面している切実な問題だと番組では報じられていました。
歯科医師の私としては今回の報道を見て、「ついに医科の保険診療も、歯科と同じ状況になってきたのか」という、驚きと諦めが入り混じった気持ちを抱きました。実は、この構造的な問題は、歯科ではすでに20年以上前から起きていたのです。
保険制度の構造的な限界|「質を保てない」ジレンマ
医科も歯科も、保険診療の価格設定が過度に低いために、「必要な時間」や「高品質な材料・器具」が使えないという現場の悩みを抱えています。歯科では医科に先駆けて診療報酬が強力に抑えられた結果、欧米諸国と大きくかけ離れた治療成功率となってしまいました。
海外では歯学の進歩にともない、治療にかける手間とコストが大幅に増加しているのに対し、日本ではむしろ診療報酬が引き下げられ、昔ながらの方法で薄利多売することが現場の現実になっています。
その結果、日本の保険歯科治療では、エビデンスとは異なる方法がスタンダードになってしまっているのです。
ブリッジ治療に見る“制度の歪み”の例
差がはっきりと分かりやすい一例として、保険のブリッジ治療では、
- 短期間で脱落
- 設計が悪く清掃が難しい
- 精度が低い
といった問題があり、欧米と比べて成功率が明らかに低いことが報告されています。
例として…
・シンガポールの論文ではブリッジの10年生存率は90%弱
・日本の保険ブリッジの10年生存率は31.9%
その違いは、「材料」だけでなく、「診療時間」「行程の多さ」「設計の自由度」による部分が非常に大きいのです。
歯周治療にも現れた“制度による崩壊”
私の専門は歯周病ですが、私が歯科医師になった頃にはすでに、「保険では歯周病治療が厳しい」という声が上がっていました。
2006年の保険点数改定を機に、多くの歯周病専門医が「もう保険では歯周治療が充分にできない」と感じるようになったようです。日本臨床歯周病学会の調査では、会員の82%が「歯周治療ができなくなった」と回答しています。
この現実を受けて、2007年には保険医協会から『崩壊しつつある日本の歯科医療』という冊子が出版されました。つまり、歯科は医科より先に、「制度の限界による治療の質の低下」を経験してきた分野なのです。
「自由診療=贅沢」ではない時代に
NHKの特集でも紹介されていたように、医科でも自由診療が拡がり、「本当に必要な治療」が保険では難しい時代に入りつつあります。歯科ではすでにその転換が進んでおり、「しっかり噛めて、長く使える治療」を求める方が自由診療を選ぶのは、ごく自然な選択肢となっています。
歯科医師が自分の治療を受ける場合や家族の治療をする場合、保険診療を選ぶ人は少ないのではないでしょうか。
まとめ:信頼できる医院とは?
こういった話は、歯科医師としては患者様には伝えづらいと感じます。しかし、今回はNHK特集の後押しを受け、あえて率直にお伝えしてみました。「保険治療=普通の歯科治療」とは限らないということを、ぜひ知っていただきたいと思います
「保険でどこまでできるか」ではなく、「どうすれば長く健康でいられるか」を軸に治療方針を考える医院こそ、信頼に値するのではないでしょうか。本当に良い治療は、「腕がいい」だけでなく「考え方がいい」医院が提供するもの——その視点を、ぜひ多くの方に持っていただければと思います。
自分の歯で一生しっかり噛みたいと願うなら、保険は“うまく使う”程度にとどめ、必要なところには自費をかける——その選択が、歯の寿命だけでなく、ご自身の栄養状態や全身の健康を守ることにつながるはずです。
文責:藤井貴寛(ふじい たかひろ)
Diplomate of the American Board of Periodontology
アメリカ歯周病・インプラント外科 ボード認定専門医
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参考文献
NHKスペシャル NHKの番組が総力取材 “どう守る 医療の未来”一挙放送!
Tan, K., Pjetursson, B. E., Lang, N. P., & Chan, E. S. Y. (2004). A systematic review of the survival and complication rates of fixed partial dentures (FPDs) after an observation period of at least 5 years III. Conventional FPDs. Clinical Oral Implants Research, 15(6), 654–666.
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青山 貴則, 相田 潤, 竹原 順次, 森田 学, 臼歯部修復物の生存期間に関連する要因, 口腔衛生学会雑誌, 2008, 58 巻, 1 号, p. 16-24, 公開日 2018/03/30, Online ISSN 2189-7379, Print ISSN 0023-2831,
全国保険医団体連合会. (2007). 崩壊しつつある日本の歯科医療