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抜歯の基準とは?|“この歯、何年間もちますか”に答えるために

抜歯の基準とは?|“この歯、何年間もちますか”に答えるために

「この歯、あと何年もちますか?」
これは、患者さんからよくいただく質問のひとつです。ですが実際には、明確に答えられる歯科医師は少ないのが現実です。米国で学ぶ前の私も、そうでした。

“これで抜歯”という明確な基準はない

一般的な抜歯の目安として、次のような状態が挙げられます。

  • 歯の揺れが激しく、噛むだけで上下に動く
  • 歯根が割れていて、骨の吸収が進行している
  • レントゲンで歯の根の先まで骨が溶けている
  • 虫歯が歯ぐきの中にまで及んでいて、被せ物での修復ができない

とはいえ、これらに当てはまらない歯でも、状態が悪ければ抜歯が必要になることもあります。現実には抜歯の判断は歯科医師の経験や個別の基準に大きく委ねられています。

日本・米国 両国で診療して

「とにかく残す」が美徳とされる日本の歯科治療

日本の歯科医療では、「できるだけ歯を残す」ことが良い医療とされる風潮があります。腫れていて隣の歯に悪影響を与えていても、「抜かずに治療した先生」の評価が上がることも少なくありません。
また、保険診療の制度上、歯を残すほうが処置回数が増え、診療報酬も得られるという現実もあります。明確な抜歯の基準が存在しないまま、なんとなく残されている歯が多いのが現実です。

米国は「予後」を重視した治療がスタンダード

一方、アメリカでは歯の「予後(よご)」を重視して治療方針を決定するのが一般的です。予後とは、「この歯があと何年もつのか?」という科学的・統計的な見通しのことです。「この歯、何年間もちますか」という問いに対する解答といえます。

高額な治療費を自己負担する米国では、非合理的な延命治療は患者にとって不利益です。そのため、歯科医師は治療前に予後を明確にし、治療の必要性と妥当性を説明する必要があります。

「予後」に衝撃を受けたインディアナ大学での学び

私がアメリカ・インディアナ大学で歯周病とインプラントを専攻していたとき、「この状態の歯は、何年後に何%の確率で失われる」という予後に関する論文に出会いました。

まるでがん治療の『5年生存率』のように、歯にも明確な科学的根拠に基づいた寿命予測が存在する——
この事実に、私は強い衝撃を受けました。大学の図書館で、閉館時間ギリギリまで論文を読みふけった記憶は今でも鮮明です。実際、アメリカの歯周病専門医のトレーニングでは、すべての歯に対して予後を評価することが求められていました。

「残すこと」が本当に正しい治療なのか?

予後の見通しを持たずに、ただ「残す」だけの治療が本当に患者さんのためになるのでしょうか?
たとえば:

  • 隣の歯に負担をかける歯
  • 揺れてかめない歯
  • 再発を繰り返す深い歯周ポケット
  • 数年以内に破折が予測される歯

こうした歯を無理に残すと、周囲の歯の寿命まで縮めてしまう可能性があります。「その歯を何年持たせるか」ではなく、「全体の噛み合わせ・機能・審美を長期に保つこと」が、治療の本質だと考えています。

日本で教えられていない「歯の寿命」という考え方

歯の予後を科学的に評価するという考え方は、米国の歯周病・インプラント外科専門医の間では常識ですが、
日本ではまだ一般的とは言えません。

長く日本の歯科教育では、「削って詰める・被せる」治療が中心でした。しかし今や、予防とメンテナンスを前提とし、10年後の見通しをもって治療方針を立てる時代に入っています。

治療の目的は「歯を残す」ことではなく「健康に噛める」こと

歯の役割は「しっかり噛めること」と「見た目の調和」です。
これらは単にお口の中の話にとどまらず、全身の健康を支える土台でもあります。

たとえば、噛む力を失った歯を無理に残すと、自然とやわらかい食事ばかりを選ぶようになります。
お肉・魚・野菜を避け、炭水化物中心の食事になると、栄養バランスが偏るだけでなく、細菌のエサとなる糖質が増えて、う蝕(虫歯)や歯周病のリスクも高まります

だからこそ、治療の目的「歯を残すこと」ではなく、「健康に噛めること」であるべきです。
そのためには、抜歯という選択肢も前向きな治療の一環として、しっかり視野に入れる必要があります。

まとめ|「予後」に基づいた抜歯判断を行います

予後の考え方をふまえて、以下のような歯については抜歯をご提案することがあります

  • 揺れていて咬合力に耐えられない歯
  • 隣の歯に悪影響を与える歯
  • 虫歯や歯周病で1~2年の寿命と予測される歯

もちろん、患者さんのご希望を最優先に考えますが、
「歯の将来を見据えた判断」が、健康とQOL(生活の質)を守ると私は考えています。

文責:藤井貴寛(ふじい たかひろ)
Diplomate of the American Board of Periodontology
アメリカ歯周病・インプラント外科 ボード認定専門医

参考文献

McGuire, M. K., & Nunn, M. E. (1991). Prognosis versus actual outcome. I. The effectiveness of clinical parameters in developing an accurate prognosis. Journal of Periodontology, 62(1), 51–58.

McGuire, M. K., & Nunn, M. E. (1996). Prognosis versus actual outcome. III. The effectiveness of clinical parameters in accurately predicting tooth survival. Journal of Periodontology, 67(7), 666–674.

Kwok, V., & Caton, J. G. (2007). Prognosis revisited: A system for assigning periodontal prognosis. Journal of Periodontology, 78(11), 2063–2071.

Miller, P. D., McEntire, M., Marlow, N., & Gellin, R. (2014). A new periodontal prognostic index for molars: A retrospective cohort study. Journal of Periodontology, 85(6), 835–842.

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